おしえてください 「正しさ」について

私は時折「正しさ」について考えます

 数カ月前の、このツイートの続きみたいな話

 純度の高い「正しさ」

 「~するべきである」という槌で叩いて、ひたすら純度を高めていった「正しさ」。純度の高さ故に、それを求める人も少なくないんだろうけれど。

じゃあ、手に入れたからといって、「高純度の正しさ」が実用的なのかというと、案外そうでもなかったりする。使える人を選ぶモノであったり、性能を発揮する条件が限られたりで、使ってみても、思いの外、満足できないで終わってしまう可能性は高い。


medieval blacksmith / hans s

多くの人が求めている「正しさ」

満足する人が多いのは、「そこそこの純度」で、使いやすいように思える「見た目の良い正しさ」の方かもしれない。

「そこそこの純度」というのは、簡単に作り上げることができる。槌で打ち過ぎなければいいだけなので。だから、どうやって「見た目の良さ」を作り上げるのか。そこがポイントになる。これは一見簡単なように見えて、「純度を高める」よりもハードルは高い。

なぜなら、人の満足度っていうものは、あくまでも水物だからだ。何かの拍子で、その「正しさ」に不満を感じた人は、「純度が高くない」という理由だけで、「正しさを」叩きにやってくる。実際には、それなりの純度もあって、十分に実用的であったとしても。

どこで不満を感じられてしまうのか。不満に変わる分岐点の全てを予想するのは難しい。

「正しさ」を気にするのは、「正しさ」を使わないといけないから

「正しさ」を使って仕事をしないといけない自分がいるわけで

ならば、目指すべきなのは「純度を高める」ことなのか、「満足度を上げる」ことなのか……

こういったことを意識してしまうと、ますます動きづらくなっちゃうことを知っていても、考えずにはいられない。

動きづらさを解消するには、多分「正しさ」から少し離れることが必要

わかっているんだけどね。なかなか、それができない。やれやれ。誰か、おしえてくれないものかしらん。

参考

こちらは以前のブログで「正しさ」について書いたもの

呟ききれないこと: 「正しさ」の運用

おまけ


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