こんなバーテンダーは嫌だ

 

「今夜は、少し酔いたい気分なんだ」とバーを訪れた人に、「あなたが本当に求めているのは、人生の悩みを解決することじゃないですか。だから、このフレッシュジースを飲みながら、一緒に解決方法を探しましょう」と言うバーテンダーは、間違いなく嫌われる。
それが、その人にとっての正解であっても。


[Portrait of Joe Helbock, Charlie's Tavern, New York, N.Y., ca. Mar. 1947] (LOC) / The Library of Congress

「あそこのバーは、酒を注文しても、小難しい話や健康ドリンクばかりだして、酒をださない」という評判が立てば、そのバーは潰れかねないし、やとわれバーテンダーならクビにされる。

「目の前の人に対して、正しいことをする」ためには、それなりの手続きと時間が必要。だから、「正しいこと」をする側にも、される側にも、努力と忍耐が必要になる。

そして、大抵の人は「努力と忍耐」を続けるのはしんどいから、嫌がってしまう。

「努力と忍耐」をある程度継続するためには、むしろハッタリとか禁じ手を使うほうが上手くできることが多い。小手先のことかもしれないけれど。

一方で、「あそこのバーは、本当は悩みを解決してあげるのが必要な人に、安易に酒を飲ませ続けている」という批評をするのは、ものすごく簡単。「後出しジャンケンの正義」からの「正しさ」アピールって、強力。故に、魅力的に見えるから、尚更のこと。。

最後は当事者同士が、どこで満足を得られるかなんだよね。
この関係を批判って、かなり難しいはずなんだけれど。本来は、しっかりとした立ち位置を表明してからの批判でなければ、足元を救われかねないわけで。
まぁ、そういった批判者って、批判だけして、その不安定な立ち位置からも、さっさと逃亡するからなぁ  :-p