「ゆるいつながり」について

Twitter開始当初は、「ゆるいつながり」というフレーズが使われていた。
最近「ゆるいつながり」を見かけることは、めっきり少なくなった。「ここは地獄のツイッタランド」というフレーズがしっくりくるような世界であったりする。でも、「ゆるいつながり」が消えたわけではない。

「ゆるいつながり」というのは、その語感とは逆に、「ゆるくあるため」に大きな努力を必要とする。しかも、この努力を担うのは、つながりの中の一部の人で、しかも縁の下の力持ちのような存在であることが多い。

「ゆるいつながり」を支える人は、縁の下の力持ちであると同時に、白鳥でもある。一見優雅に水面を泳いでるようで、見えないところでは一生懸命水をかいているアレのこと。

「ゆるいつながり」を維持できる人になるのは、なかなか難しい。
じゃあ、自分のような、ゆるいつながりの中にいる「その他大勢の一人」は、何ができるんだろうか。それは、多分「ゆるくあること」と「頑張っている人への、ちょっとした応援」じゃないかと思っている。

「ゆるくある」、「ちょっとした応援」。これ自体は、簡単。

でも、「地獄のツイッタランド」という環境の中では、色々な誘惑があるから、そう簡単なことではなかったりする。
だから、ちょっとだけ、この二つを意識したらいいんじゃないかしらん。


Old Wives Chatter / Xavez

「ゆるいつながり」って、楽しいじゃん。