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ちょっとくらい、あきらめてもいい

 

psykoma.hatenadiary.jp

 この話の続きみたいな話……

ちょっとあきらめる

「自分の身の周りには、良いことなんてない」と思う人って、「良いこと」に対する期待値が高すぎるんじゃないかと。「自分の理想とするレベル」を少しあきらめて、「これくらいのレベル」で満足する練習が必要。

他人に対して「ちょっとあきらめる」ことって、身につけておくと、わりと便利。診療の場面でも、どうしても本人や家族に「ちょっとあきらめて」もらわないと、話が前に進まない場面も少なからず経験するわけで。全部あきらめて絶望しろという話ではないんだけど。

 「あきらめる」がレベルアップすると

「ちょっとあきらめる」がレベルアップすると、「ちょっと赦してあげる」になる。

でも、「赦す」というのは、かなり難しい。「甘やかす」でもないし、「何でもかんでも、受け入れる」でもないし……

自分のことを全て知っていてくれている第三者であるからこそ、「神様の赦し」は心に響く。
でも、なかなか神様に会うことはできない。
だから、その行動を知っていてメタ視点で見ることができる自分自身が、第三者の立場で「赦せる」かどうか考える。こんなスキルが必要なんだろうけどね。

映画「死にゆく者への祈り」


A Prayer for the Dying Official Trailer #1 - Bob Hoskins Movie (1987) HD

「赦し」のことを考えると、いつも思い浮かべるのが「死にゆく者への祈り」という映画。
過去の失敗の罪に悩まされる元IRAのテロリストという主人公をミッキー・ロークが演じている。「マスター・キートン」のハードボイルド風エピソードが好きな人には、お勧めの作品。

動画の予告編の最後にもチラッと出てくるクライマックスシーン。この時の主人公(ミッキー・ローク)の姿が、「赦し」を考えるときに脳内再生されるんですよね。