今の「気分」を言葉にすると……

脳だけが旅をする: ヤンスタ
リンク先は、今日のヤンデル先生のブログ記事。今回は、最近始められた、自身のインスタグラムに関するエッセイです。
ある部分を読んで、その内容の凄さに思わずひっくり返りました。その部分を引用します。

顕微鏡写真をいくつかアップしている。ヒマな人はぜひ、見てみて欲しい。それらの写真には、詳しい説明は付けていない。とにかく「接写」した写真だ。それを撮ったときのぼくの気分をキャプションにつけておくことにする。

インスタグラムの顕微鏡写真につけられたキャプション。あれが「気分」なのか。びっくりするしかありませんでした。
確認してもらえばわかりますが、顕微鏡写真につけられたキャプションの文章、すごいんです。
丁寧に、おそらくは厳選して選ばれた言葉が、丁寧に積み重ねられています。そんな言葉の塊が現しているものを「気分」といっている。
気分とは、こんなに言葉を要するものなんだろうか?
いやそうなんだろうね。本来、気分とは、こうやって現されるものなんですよね。これだけの言葉を必要とするものなんですよね。

 

「気分」を「感じているもの」とすれば、「思っていること」や「考えていること」というのは、その先にあるものじゃないかと思ってます。
「思っていること」を現すには、「感じているもの」から、更に「言葉」を必要とする。
「考えていること」を現すには、「思っているもの」から、更に「論理」を必要とする。

おいらは、使っている「言葉」が足りないし、練られた「論理」はもっと足りません。
まだまだ修練が必要だなぁ……

いち病理医の「リアル」

いち病理医の「リアル」

 

 親しみやすい言葉で語りかけられるような内容なんだけれど、ヤンデル先生の「思っているもの」の一端であって、「考えていること」は、この先にあるんだろうな……